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長崎地方裁判所 平成2年(わ)31号 判決

主文

被告人を懲役一二年に処する。

未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

押収してある回転弾倉式けん銃一丁(平成二年押第一三号の1)、けん銃実包二個(同号の2及び3)、けん銃薬きょう三個(同号の4及び5)、弾丸ようのもの一個(同号の6)をいずれも没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、長崎市に総本部を置く政治結社「正気塾」の東京本部長代行であるが、長崎市長本島等(以下「本島市長」という。)が昭和六三年一二月七日、長崎市議会本会議において、「天皇に戦争責任があると思う。」と発言したことに対し、天皇には戦争責任がないとの自己の思想信条に相反することからいたく憤慨し、さらに、本島市長のこれまでの言動から、同市長が自己の信条に同調する立場にあったと考えていたところ、右発言により裏切られたという気持ちを抱くに至り、同月中旬ころ、右本島市長宛の公開質問状や抗議文を作成し、これらを同市長に手渡し右発言について糾弾したうえ、発言の撤回及び市長職の辞任を求め、これを拒否した場合、同市長に鉄槌を加えようと考えた。

その後、被告人は、本島市長の前記発言を糾弾するための街宣活動に従事し、右計画を実行に移せないまま、昭和天皇が昭和六四年一月七日崩御され、被告人も喪に服することとして、一年間は活動を自粛することとなったが、その間、平成元年二月に挙行された大喪の礼における本島市長の昭和天皇に対する発言やその後の難民問題についての発言を聞くにつれ、これを売名的発言だとみなし、ますます本島市長に対する憤懣を募らせ、平成元年一一月上旬ころ、東京都新宿区内において、回転弾倉式けん銃一丁及び実包一〇発をひそかに買い受け、その二、三日後の夜半、関越自動車道で右実包のうち五発を試射し、右けん銃が人を殺傷する性能や威力のあることを確かめ、右けん銃で本島市長の身体を狙撃して危害を加える決意を固めた。

そして、被告人は、平成元年一二月二二日ころ、右けん銃及び残りの実包五発を携えて長崎市に戻り、平成二年一月上旬ころから、いよいよ本島市長の狙撃を実行に移すべく、長崎市長公舎付近及び長崎市役所の状況を確認し、同市役所秘書課に架電して本島市長に面会を申し入れる一方、タクシーやレンタカーで市長公用車を連日のように追尾したりして、その機会を窺っていた。

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成二年一月一八日午後二時四〇分ころ、長崎市役所秘書課に架電して本島市長との面会を求めるとともに同市長の在庁を確認し、本島市長を狙撃する機会を窺っていたところ、同日午後二時五〇分ころ、市長公用車が長崎市桜町二番二二号所在長崎市役所正面玄関前に停車したのを目撃するや市長が外出すると考え、右公用車に乗車する際に背後から所携の前記けん銃で同人の背部を狙撃しようと、同市役所一階ホールで市長が現れるのを待ち、これを現認するや、同日午後三時ころ、同ホールから正面玄関に向かう本島市長を追尾し、市役所正面玄関前に停車中の前記市長公用車の左側後部座席のドアから乗車しようとしている右市長に対し、その背後約一メートルの至近距離に立ち、所携の前記回転弾倉式けん銃(〈証拠〉)で同人の右背部を狙おうとしたものの、同人が乗車しようと身をかがめたため、咄嗟に同人の左背部に狙いを変え、けん銃をもって同人の身体の枢要部である背部を銃撃するにおいては、同人が死亡するに至るかもしれないことを認識しながら、敢えてこれを意に介さず、同人の左背部に向けて弾丸一発(〈証拠〉)を発射し、同人に入院加療約三五日間を要する左胸部貫通銃創の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかった

第二  法定の除外事由がないのに、前記日時ころ、前記場所において、前記けん銃一丁及び火薬類である実包五発(〈証拠〉)を所持した

ものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(事実認定の補足説明)

弁護人は、判示第一の犯行について、被告人には殺意はなかった旨主張し、被告人は、捜査段階では未必の殺意があった旨一貫して述べているものの、当公判廷においては右殺意を否認し、弁護人の右主張に沿う供述をしているので、この点について検討する。

前掲各証拠によれば、本件犯行に使用された凶器は、米国製口径0.22インチノースアメリカンアームズ「ミニ」回転弾倉式けん銃であり、金属性弾丸の発射機能を有し、それによって発射された弾丸の単位面積当たりの活力は、約32.3キログラム毎平方センチメートルであり、人体内部に創傷を与える弾丸活力2.6キログラム毎平方センチメートルを遙かに超えていること、また、本件犯行に使用された弾丸は、先端に小孔があり、固いものに当たった場合、先端部が変形して通常の弾丸より大きな損傷を与えるような形状になっていること、それだけに、これをもって、人体の枢要部を銃撃した場合には、充分に人を殺害するに足る威力、性能を有していること、また、被告人は、かねてから、けん銃に興味を持ち、右けん銃や弾丸の性能、威力についてある程度の知識を持っていたばかりでなく、前記のとおり、本件犯行前に五発試射しその性能、威力について確認していることが認められる。そして、被告人は右けん銃、弾丸をもって、全く無防備の状態にあった被害者に対し、同人の背後において、約一メートルの至近距離から身体の枢要部である背後を狙って銃撃し、被害者に左胸部貫通銃創の傷害を負わせたものであって、その被害者の銃創についてみるに、本件弾丸は、被害者の身体の背面左肩甲部下部で正中線から左側四センチメートル、後頸部から下方一七センチメートルの位置から射入し、左肺を貫通して、正面左鎖骨下部で左肩甲部上部から下方一四センチメートル、正中線から左側7.5センチメートルの位置から射出しており、その創傷は身体の枢要部である胸部を貫通しており、弾道の約五センチメートル右下方には心臓が位置し、約1.5センチメートル右上方には大動脈があり、そのほか数センチメートル内の位置に胸動脈、左肺動脈、左鎖骨下動脈等主要な動脈群があって、弾丸が僅かにずれ、これらを損傷すれば、被害者が即死ないしはこれに近い状態で死亡する可能性も極めて高かったのであり、被告人において被害者の左背部を狙って発射した弾丸が前記のように被害者の心臓や主要な動脈を損傷せず、その間を縫うようにして胸部を貫通し、被害者を死亡させるに至らなかったことは、奇跡的とさえ言えるのであって、これらの事実、すなわち、凶器の種類及び性能、犯行の態様、創傷の部位及びその程度等の客観的な事実並びに被告人が本件狙撃による危険性を充分認識していた事実を総合的に判断すると、被告人は、被害者を殺害することを積極的に意欲しなかったにせよ、被害者が死亡するに至る可能性が極めて高いことを充分認識しながら、敢えて被害者を狙撃したもので、被告人に判示第一のように少なくともいわゆる未必の殺意があったことは充分に認められるのである。

なお、被告人は、当初は被害者の背部の心臓から離れた右肩上部を狙うつもりであったものの、被害者が乗車しようとして身をかがめたため、右肩を狙いにくくなり、咄嗟に、左肩上部を狙ったと供述するが、そのことは、被害者を殺害しようとの積極的な意欲まではなかったことの証左になるにしても、被告人が左背部を狙撃すると殺害してしまう危険性があることを充分認識していたことが窺われるのである。さらに、被告人には銃砲の知識はあるとしても、本件けん銃を入手するまで射撃の実体験はなく、前記のとおり、本件犯行前に僅か五発試射したことがあるにすぎず、従って射撃の技術に習熟しているとは到底認められないのであって、しかも、本件においては、被害者が頭を車の天井より低くなるように背を丸めながら乗車しようとして動いていたのであるから、かかる被害者の左肩上部に自己が意図したとおり確実に弾丸を命中させ、いわゆる急所をはずすことができるとの確信を持って狙撃したとは到底考えられない。右のように被告人が被害者の左肩部分を狙撃した場合、弾丸が外れ心臓等に命中し被害者が死亡するかもしれないことを予見していたにもかかわらず、被告人が左肩上部を狙ったにせよ、背を丸めている被害者の左肩部に、敢えて銃口を向け弾丸を発射したことが動かし難い事実である以上、被告人において被害者が死亡するかも知れないことを認識し、これを認容していたことを優に認定できるのである。

また、被告人は、本島市長に鉄槌を下し反省してもらうために狙撃したのであって、死んでしまったら右目的を達せられないことになるなどと殺害の意図がなかった旨供述するが、本件犯行当時、殺害に対する躊躇はあったとしても、前記のとおり、本件凶器の殺傷能力、本件犯行態様及び創傷の部位、程度からすれば、本件犯行は極めて殺害の危険性の高い行為であると言わざるを得ず、右危険性を充分に認識していた被告人が敢えてかかる行為に及んでいるのであって、右客観的行為に、身体の枢要部以外を慎重に狙ったなど、死の結果を回避しようとした事実は全く認められず、被告人に積極的に被害者を死に至らしめようとの意欲がなかったとしても、前記認定の未必の殺意は否定できないと言わざるを得ない。さらに被告人は装填していた弾丸全部を発射せず一発を発射したのみで現場から立ち去っているが、これは、一発目が身体の枢要部に命中したことを確認したので、それ以上残りの弾丸を発射しなかったに過ぎないものと認められ、これもまた、前記殺意の認定を左右するものでないことは言うまでもない。

(法令の適用)

被告人の判示第一の所為は刑法二〇三条、一九九条に、判示第二の所為のうち、けん銃所持の点は銃砲刀剣類所持等取締法三一条の二第一号、三条一項に、実包所持の点は包括して火薬類取締法五九条二号、二一条にそれぞれ該当するが、判示第二の所為は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により一罪として重い銃砲刀剣類所持等取締法違反の罪の刑で処断することとし、判示第一の罪については所定刑中有期懲役刑を、判示第二の罪については懲役刑をそれぞれ選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一二年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入することとし、押収してある回転弾倉式けん銃一丁(〈証拠〉)、けん銃薬きょう一個(〈証拠〉)、弾丸ようのもの一個(〈証拠〉)は判示第一の殺人未遂の用に供した物で、また押収してあるけん銃実包二個(〈証拠〉)、けん銃薬きょう二個(〈証拠〉)は判示第一の殺人未遂の用に供しようとした物で、いずれも被告人以外の者に属しないから、同法一九条一項二号、二項を適用してこれを没収し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、従来から昭和天皇に戦争責任はないとの思想を信奉してきた被告人が、昭和六三年一二月七日長崎市議会本会議における本島市長の天皇に戦争責任があると思う旨の答弁にいたく憤慨し、また、従来右市長が自らの思想信条に賛同する立場にあったと考えていたところ、この発言により右市長に裏切られたとの念を抱くに至り、右本島発言を許すことができないと考え、さらにその後の本島市長の大喪の礼における発言や難民問題に関する発言を聞くに及んで、これを右市長の売名的発言であると決めつけ、右本島市長に危害を加えることを企て、ひそかにけん銃を入手し、右市長を狙撃した事案であるところ、本件事案は、被告人が自らの思想、信条に反する政治家の言論に対し暴力でもってこれを封じようとした極めて悪質な犯行であり、法治国家においては断じて許すことのできない重大犯罪である。

ところで、健全な民主主義社会を維持するためには、思想・信条の自由、言論・出版その他の表現の自由の保障が不可欠であり、これらは民主主義社会の基礎をなすものであって、これら思想、表現の自由に対する暴力による侵害はまさしく民主主義社会を根底から覆す危険を有するものである。もとより、これら思想、信条、表現の自由の保障された民主主義社会において、被告人が本島市長の言動に対し、それと相対する立場に立ち、右本島市長に対し批判的な思想を抱き言論をもってこれに対抗するのは全く自由であり、それらの言論も最大限の保障がなされるべきであることは言うまでもないが、けん銃で狙撃するがごとき犯罪行為はその自由の保障の埒外であることは明らかであり、言論に対する批判は言論をもってなされるべきが健全な民主主義社会の基本的ルールであるべきであって、言論に対する暴力は絶対に許容されるべきものではない。被告人は、当公判廷において、自己の心情において本島市長の天皇戦争責任発言が昭和天皇の御不例の折りなされたことや大喪の例の際の発言が極めて非常識でありこれら発言は暴論であって、これを許すことができなかったと述べているが、そうであるとすれば、被告人において、あくまでもこれに対する批判的言論を展開すべきであって、いかなる事情があろうとも、他人の身体に危害を加え鉄槌を下すという暴力に訴えたその動機には酌量の余地はないと言わざるを得ない。

また、本件犯行態様をみるに、判示のとおり、平成元年一一月上旬ころ、けん銃を入手し、これを用いて本島市長を狙撃しようと計画し、平成二年一月上旬から、本島市長の動向を監視し、連日のように本島市長を追尾するなど執拗にその狙撃の機会を窺い、犯行当日も朝から本島市長の動向を監視していたところ、市役所正面玄関前に市長公用車が用意されたことから本島市長が外出することを予想し、本島市長が右公用車に乗車しようとするところを背後から狙撃しようと決意して、同市役所一階ホールでこれを待ち伏せし、多数の一般市民が往来する市役所玄関前で白昼衆人環視の中、本島市長の背部をけん銃で狙撃したものであり、その犯行は計画的かつ大胆と言うべきであり、また、凶器としてけん銃を使用するなど極めて凶悪かつ危険な事案であり、態様悪質と言わなければならない。

さらに、本件被害者である本島市長は、弾丸が胸部を貫通し加療約三五日間を要する左胸部貫通銃創という重大な傷害を負うに至っており、幸い奇跡的に一命はとりとめたものの、本件弾丸が僅かにでもそれた場合には、心臓や大動脈などの枢要な血管に命中してこれを損傷して、即死ないしこれに近い状態で死亡した可能性が極めて高かったことは前記のとおりであり、被告人からけん銃で背部を狙撃され、死の淵に立たされたときの被害者の心情は察するに余りあるものがあり、本件が被害者に与えた精神的、肉体的打撃は甚大である。

また、公人であると私人であるとを問わず、その人の発言に対して、暴力をもってこれを封ずることは、その人の身体に対する侵害にとどまらず、その思想、信条、表現の自由等の侵害となることは言うまでもないが、本件のごとき犯行は、さらには一般の言論に対し萎縮的効果をもたらすことも危惧されるところであり、とりわけ、選挙民の信託を受けて国政あるいは地方行政に参画する要人の発言に対する暴力は、民主主義社会を根底から揺るがす危険を含むものであり、本件は、長崎市の市長の職にある被害者の発言に対して、暴力によってこれを排除しようとしたものであり、しかも、被害者の天皇戦争責任に関する発言が国民的関心を呼び、その発言をめぐって様々な論議がなされている最中に、本件犯行が敢行されたのであって、長崎市民に与えた衝撃は言うに及ばず、社会全体の不安を助長させ国民全体に与えた衝撃も計り知れないものがあると言うべきであり、本件の如き犯行は二度と起きてはならないものとして、一般予防的見地からもその刑事責任が厳しく問われるべきである。

以上の本件犯行の罪質、その動機、犯行態様、結果の重大性、本件犯行がもたらした社会的影響等に鑑みると、被告人の本件刑事責任は極めて重いと言わざるを得ず、誠に幸いにして本件犯行が未遂にとどまったこと、当公判廷において、被告人が、本件について後悔していないと明言する一方で人を傷つけるのは悪いことであると率直に自省し、本件犯行について、被告人に、人間的な葛藤があり、良心の呵責を感じていることが見受けられないわけではないことなど、被告人に有利な情状を最大限考慮しても、主文掲記の刑を科することはやむを得ないところである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官赤塚健 裁判官玉城征駟郎 裁判官森浩史)

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